甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根を行く(day2)

南アルプス
山頂の祠。厳かである。ただ圧倒的ガス。景色もへったくれもない。

前回に引き続き7月に登った甲斐駒ヶ岳。今回は七丈小屋から山頂、山頂から麓の横手駒ヶ岳神社までのルートを行く。前回はこちらから↓

七丈小屋第2テント場から山頂へ

2日目の行程

2日目の行程は七丈小屋第2テント場(2,350m)から山頂(2,967m)まで行き、山頂から七丈小屋まで戻り、そこから一気に麓の横手駒ヶ岳神社(750m)までくだる。山頂までは600m登るだけ、それもテントや寝袋など必要ない荷物はテント場においていけば良いのでそれほど大したことはない。2日目の鬼門は2,200mの下りである。日本屈指の下りだけあって非常に心身にこたえた。

寝起き登山

4時半くらいになると、第2テント場での面々が動き始めてきたので、それで目覚めて行動を開始する。9時に途中で起きたとは言え、6時から5時前まで十時間以上睡眠をとることができ、眠気はそれほどない。寝る前は空気が薄いからか、心拍数が下がらなかったが、寝てリセットされるのは毎度の登山のことである。

即効性のあるエネルギー補給

寝起きですぐに歩き始めるので、エネルギー効率が極めて高いらしいコーラを飲む。今回は2日で1リットル持ってきたが、1日目でほとんど飲み干してしまっていたので、次回からは1日日にリットル計算で持って行くべきかと思う。登りがきついときに固形物だと喉を通らないことがあるが、この砂糖水はごくごく飲めるので、どんどんエネルギー補給できる。コーラはおいしいだけでなく、レースの直前に愛飲するマラソンランナーも要るくらいのスポーツドリンクとして有能なのである。

森林限界直前の空気感

歩き始めるとすぐにダケカンバが多く見えてくる。標高をかせいでくると樹種が変わってくるものそうであるが、同時に山の匂い、空気感も変わってくる。空気は単純に薄くなっていることもあるが、下界のときの空気がまとわりついてくる感じが少なくなる。意識しなければ雰囲気が変わった程度の認識だが、手を振り回してみると明らかに下界とは違う空気の軽さを感じる。薄い空気が高山独特の雰囲気を作り出しているのだと実感する。

樹皮に特徴がある左の木がダケカンバ。森林限界に近づくと多くなる。鉄剣は甲斐駒ヶ岳信仰の象徴。カッコいい。

また匂いが変わってくるのは植生が変化してくるからなのかもしれないと個人的には思っている。標高が変わると特定の樹種のみが卓越しているので、特有の匂いが感じられる。何度も登山をしていると、シラビソやダケカンバの見た目と匂いで森林限界付近を感じ、ハイマツの匂いで高山帯の匂いと空気を感じることができる。何度でも山の匂いをかごう。

芥川龍之介が語る山の空気

いつも空気の薄いところにきて考えるのが、芥川龍之介が『侏儒の言葉』に書き記している次の言葉である。

自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。

また次の言葉も続けて記されている。

まことに自由を眺めることは直ちに神々の顔を見ることである。

芥川自身も槍ヶ岳に登っており、その時の様子は『槍ヶ嶽紀行』などに書き記している。槍ヶ岳の岩の様子を「岩の洪水」と書いたりするのは文豪らしい表現で一読をおすすめする。その自身の経験をもとに自由とかけて、山巓の空気とといたのかもしれない。

山は確かに自由かもしれない。自然の厳しさがそのまま押し寄せる。僕は自由を、厳しさを受け入れたいと思う。また、山巓の空気を「みる」ことは、それ即ち神々の顔を見ているのかもしれない。山をみて、神々しいと思うのはその自然の厳しさゆえなのかもしれない。そしてその厳しさが好きなのである。

巨石が連続するスリリングな道のり
ハイマツ。晴れていれば絶景だったと思われる。

山頂のまでの道のりは岩が多く登場して、鎖場が連続するスリリングな登山道になっている。晴れていれば、下界の町を眺めながら開放感ののある登山ができるのだろうな考えるが、今回それは叶わず登山道に集中する。晴れていれば意識は登ること以外に向かうが、意識が登山道に向くという点でガスは効果的に働いている気がする。

山頂到達
たまに若干晴れる。左端には難コースで有名な鋸岳が見えるはず。想像で補うのがツウの楽しみ方。

今回はガスで景色が全くといって見えなかった。西方向には仙丈ヶ岳が見えて来るはずが、全く見えない。誰もいない山頂で30分ほど待ったが、全く見える気配がなかった。見えれば南アルプスの女王と呼ばれる美しい姿を見ることができたであろうが、見えなければ見えないで想像力をかき立てる。見えないエロースがあり、それを楽しむ。これが曇りの日の楽しみ方。そして少し雲が晴れそうになると、見える部分を懸命に見ようとする。そういう焦ったさとのせめぎ合いを曇りの際は興ずることができる。見えそうで見えない。それを楽しめるかどうかが、今回の登山の満足度に関わる。

エターナル下り

2,200mをくだる

2,200mは本当に長い。通常の山であれば3分の1ほどで終わるイメージがある。それを3回分、というと簡単そうと数字だけで考えるとそのように思えるのだが、実際に歩いてみると本当に終わらない。好きな山歩きをできていると考えれば楽しくなるが、いつまでたっても下山できない。登りきれる覚悟よりも下りで心が折れない覚悟を持った人だけが登った方がよいと思う。

荷物が重い、大腿四頭筋を蝕む

くだりでもトレイルランナーが続々と先に進んでいくので、軽そうな荷物に羨望の眼差しを向ける事になった。テント泊の装備がなければ、軽快に降りて行くことができると思いながらひたすらに荷物の重量と自分自身の重量を大腿四頭筋で支えながら降り続ける。ももの前側の筋肉である大腿四頭筋は大きな筋肉ではあるが、下山の負荷がかかるとすぐに悲鳴をあげる。登山を習慣的に行って大腿四頭筋と仲良くしているかが、下山のつらさの分かれ目である。

緑の美しさを楽しむ
木々を眺めながら歩くのは至高の体験。

2日目でなくても下山中は、人間世界から山に来た新鮮さを失って木々の美しさを忘れがちである。人間の慣れというものは贅沢なものである。下山する際には、心身ともにいっぱいいっぱいにならないように余裕を持って、山の美しさを楽しむことに努めることをおすすめする。登ってしまえば終わりではない。トータルで山を楽しむためには下山もじっくり楽しむ心意気を持とう。

総括

今回は下りでヘロヘロになりながら降りてきた。その後、キャンプ場でさらに一泊したのだが、歩くのが本当にきつかった。登山を楽しむためには登山を慣行していなければならないと痛烈に感じた。登山を普段から行わないと登山中、下山中、そして下山してから数日間筋肉痛と格闘しなければならない。無用な苦しみを避けるためには前回の総括と同じようなことを書くが、日常的に登山しておくのは必須である

この名山を全身全霊をかけて楽しむためには相応の体力が必要である。また登りたいと思う。体力に自信があれば、この黒戸尾根から登ることをおすすめする。北沢峠からでは味わえない麓から深い山に分け入る感覚が得られる。

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